昔の手紙が面白い!明治・大正・昭和の意外な表現とユニークなマナー

手紙文化は長い歴史を持ちますが、現代の手紙と100年前の手紙を比べると、その違いに驚くことが多いです。特に明治・大正・昭和の手紙には、独特の書き方やマナーがあり、今では考えられないようなルールも存在しました。

本記事では、昔の手紙の面白い表現やユニークなマナーを紹介しながら、当時の手紙文化をひも解いていきます。

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句読点なし!?昔の手紙の独特な書き方

現代の手紙には句読点が当たり前のように使われますが、明治時代の文書では、漢文の影響を強く受けており、文章の区切りを読者が自分で判断するのが一般的でした。そのため、手紙にも句読点が使われることはほとんどありませんでした。

また、当時の手紙は縦書きが基本であり、読み手がリズムや文脈を意識しながら読む習慣が根付いていました。

句読点がないことによる影響として、文章の読解力がより重要視されていた点が挙げられます。受け手は文脈から自然と意味を推測し、適切な区切りを判断する必要がありました。そのため、書き手は改行や接続詞を工夫することで、読みやすさを確保する努力をしていました。

また、明治時代の手紙には、独特の挨拶文や定型表現が多く用いられており、それによって文章の流れを理解しやすくする工夫がなされていました。例えば、「拝啓」「敬具」といった書き出しと結びの言葉が固定されているため、句読点がなくても文意が明確になっていました。

このように、明治時代の手紙には句読点がないながらも、読み手と書き手の間で共有された書き方のルールがあり、スムーズな意思疎通が図られていました。その理由や、句読点なしでも読みやすくする工夫について、さらに詳しく見ていきましょう。

どうやって読みやすくしていたのか

句読点がないことで読みにくくならないよう、書き手はリズムや改行、助詞の使い方を工夫していました。 また、書状の目的や相手に応じた言葉選びが重要視されていたため、一文が長くなることもありました。

明治時代の手紙はこんな感じ

拝啓御機嫌麗敷奉存候然者先日貴兄より頂戴仕候書状拝読仕候

此度貴兄御一行様無事御帰館之由拝察仕候 誠以て慶賀之至に存候

拝啓 御機嫌麗敷奉存候 然者 先日貴兄より頂戴仕候書状拝読仕候
此度之御厚情深謝仕候 依之私儀益々精励仕候所存
尚々次回上京之折 貴邸訪問仕度候 何卒御都合御聞取賜り度奉願候

敬具

句読点なしでも、漢字とひらがなのバランスによって読みやすさが工夫されています。

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まるで詩?昔の人の美しい手紙表現

昔の手紙には、詩のように美しい表現が多く見られました。特に恋文や親しい人への手紙では、情熱的な言葉が並び、現代のLINEやメールでは見られないような文面が特徴的でした。

「拝啓」よりも多かった独特の書き出し

現代の手紙では「拝啓」が一般的ですが、昔は「謹啓」「敬啓」「粛啓」など、より格式のある表現が多用されていました。また、状況や相手に応じて使い分けられることも特徴でした。

格式の高い書き出し

  • 謹啓(きんけい):特に改まった手紙で使用され、格式の高い場面で使われました。
  • 粛啓(しゅくけい):より厳粛な場面で用いられ、公的な文書や儀礼的な手紙に見られました。
  • 恭啓(きょうけい):目上の人に対して、敬意を込めた書き出しとして使われました。

親しみを込めた書き出し

  • 敬啓(けいけい):敬意を表しながらも、ややカジュアルな印象のある表現。
  • 再啓(さいけい):以前の手紙に返信する際に用いられ、「改めて申し上げます」の意味を含んでいました。
  • 一筆啓上(いっぴつけいじょう):比較的親しい間柄で、簡潔な用件を伝える際に使われました。

これらの表現は、現代ではあまり使われなくなりましたが、当時の手紙文化の奥深さを感じさせるものです。

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文豪たちがラブレターに込めた愛の表現

愛を伝える手段として、手紙ほど心を込められるものはありません。

現代のように即時にメッセージを送れる時代ではなく、相手に届くまでに時間がかかるからこそ、一文字一文字に込められた思いは重く、純粋なものでした。

森鷗外「情熱と理性のはざまで」

森鷗外は、恋多き文豪としても知られています。彼がドイツ留学時代に恋をしたエリスに宛てた手紙には、情熱的な愛の言葉が綴られています。

「君の瞳の奥に、僕は未来を見た。」

「君と過ごした時間が、僕の人生の宝物だ。」

出典:『鷗外全集』(岩波書店)、『森鷗外の手紙』(中公文庫)

また、日本に帰国後に結婚した妻・登志子への手紙には、異なる愛の形が見えます。

「共に老いることが、我が人生の望みなり。」

「お前の笑顔を見るたびに、幸せを感じる。」

出典:『鷗外全集』(岩波書店)、『森鷗外の手紙』(中公文庫)

与謝野晶子「女性の情熱的な愛の言葉」

与謝野晶子は、夫・与謝野鉄幹に向けて、多くの情熱的な詩や手紙を書きました。

「いとしき人よ、あなたのために私は命を惜しまぬ。」

「あなたの手を握るだけで、私は世界が変わるように感じる。」

「あなたのために歌い、あなたのために生きる。」

出典:『みだれ髪』(与謝野晶子)、『与謝野晶子全集』(講談社)

与謝野晶子が与謝野鉄幹に送った情熱的な詩

「君に燃ゆる想いは尽きず、夜毎に夢に咲く。」

「君が呼ぶ声に、私は生きる。」

出典:『みだれ髪』(与謝野晶子)、『与謝野晶子全集』(講談社)

武者小路実篤「理想主義の愛」

白樺派の武者小路実篤は、理想主義的な愛を求めました。恋人への手紙には、純粋な願いが込められています。

「君と共に生きることが、僕の願いだ。」

「君がいれば、どんな困難も乗り越えられる。」

出典:『武者小路実篤全集』(新潮社)

川端康成「静かに滲む愛の言葉」

川端康成は、静かで情緒的な愛の表現を得意としました。

「この手を離さないで。」

「君と並んで歩く道が、どこまでも続きますように。」

出典:『川端康成全集』(新潮社)


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失礼にならないための独特なマナー

手紙には、相手に対する敬意を示すためのさまざまなマナーが存在しました。現代ではあまり見られなくなったものもありますが、当時の文化や人々の価値観を知る手がかりになります。

「封を閉じないほうが丁寧」なこともあった!?

特に目上の人に宛てた手紙では、封を閉じずに送ることが礼儀とされる場合がありました。 これは「改めて開封していただく」ことで、より丁寧な印象を与えるためだったといわれています。

また、未封の手紙は「お手紙に不都合があれば自由に処分してください」という意味を含む場合もあり、受け取る側の立場を尊重するための配慮とされていました。 さらに、特に格式の高い家や公的な書状では、封を閉じないことで改ざんや隠し事がないことを示し、誠実さを表す意図があったともいわれています。

この習慣は昭和期に入ると少しずつ廃れましたが、一部の伝統を重んじる場面では、今でも封をせずに手紙を渡す慣習が残っています。

「改めて開封していただく」ってどういう意味?

「改めて開封していただく」という表現は、目上の人に対する敬意を示すための習慣の一つです。これは、手紙を送る際に封を閉じずに渡すことで、受け取る相手が自ら封を閉じることができるようにするという配慮を含んでいます。

具体的には以下のような意味があります:

  1. 相手の判断を尊重する
    手紙を受け取る相手が内容を確認した後、必要に応じて封を閉じるか、処分するかを決めることができるようにする意図があります。これは、相手に余計な手間をかけないようにする礼儀の一つでした。
  2. 改ざんや隠し事がないことを示す
    封を閉じてしまうと、すでに第三者が読んでいたり、何かが隠されている可能性を疑われることがあります。そのため、目上の人への手紙では封を閉じずに渡すことで、手紙の内容が正直であることを示し、誠実さを伝える役割もありました。
  3. 手紙を開けやすくする
    当時の封書は糊や和紙の封が使われており、開封に手間がかかることもありました。そのため、封を閉じないことで、受け取った人がすぐに読めるようにする配慮も含まれていました。

このように、「改めて開封していただく」という行為は、単なる作法ではなく、相手への敬意や思いやりが込められた日本独自の文化的なマナーの一つだったのです。

今の私たちからすると「へぇ~・・・」てな感じですよね。

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昔の手紙の面白いエピソード

「男性は青インク、女性は赤インク」だった!?

昔はインクの色にも意味がありました。青インクは男性、赤インクは女性が使うのが一般的とされていました。特に大正から昭和初期にかけて、筆記具の選び方にも性別による区別があり、青インクは落ち着いた印象を与えるため男性に好まれ、赤インクは華やかで可愛らしい印象があることから女性が使うことが多かったようです。

手紙の内容によってもインクの色が変わることがあり、ビジネスや公的な書簡には黒インクが用いられ、私的な手紙や恋文には青や赤が使われることが多かったとされています。

明治時代の郵便制度の面白いルール

たとえば、明治時代の郵便には「速達」の概念がなく、特別な印をつけることで急ぎの手紙であることを示していました。その印は「急信」と呼ばれ、封筒の表面に朱書きされることが一般的でした。

また、配達を早めるために、宛名の横に「飛脚便希望」と記載するケースもあったといいます。さらに、特定の郵便局では、手紙を直接届けるための特別な職員が配置され、重要な文書は個別に手渡しされることもあったそうです。このように、当時の郵便制度は現代の速達に匹敵するような工夫がなされていました。

絵葉書ブームが生んだユニークな手紙文化

昭和初期には絵葉書が大流行し、美しい風景や名所の写真入り葉書が頻繁にやり取りされました。特に観光地や温泉地の絵葉書は人気があり、旅行のお土産として家族や友人に送るのが一般的でした。

また、戦前には軍事関連の絵葉書も多く出回り、戦地から家族へ送られる手紙とともに、兵士の様子を伝える重要な手段となっていました。さらに、当時の新聞や雑誌には「美しい絵葉書を集めよう」という特集が組まれるほどで、コレクションとして収集する文化も広がっていました。絵葉書には詩的なメッセージが添えられることもあり、短いながらも感情を込めた手紙としての役割を果たしていました。

まとめ – 昔の手紙から学べること

昔の手紙には、今では使われなくなった美しい表現や独特なマナーが多く存在しました。 現代でも取り入れられる言葉や工夫があり、手紙文化をより深く楽しむことができます。

昔の手紙を知ることで、現代の手紙にも一味違うエッセンスを加えてみてはいかがでしょうか?